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2010.07.04

小さな大人

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ジェットコースター

・・・に乗ってるみたいですよね?

違うんです。

今年、姪っ子が七五三で、写真館で記念写真を撮りにいった時のひとコマ。

メイクさんも、衣装さんもいない撮影前の一瞬を利用して、ケイタイでパチリ。

ちょうど七五三の7才の時は、歯が永久歯に変わる時で、

姪っ子も、例に漏れず、6本もない・・!

こんなのも大きくなって見返したら、「懐かしいconfidentなんて思うんじゃない?」と、

この時に撮影が決まりました。

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笑顔

うそみたいな笑顔

うそ?

どういうことかというと、彼女は人に慣れるのに時間がかかるのです。

当然私には慣れているので、今までそれほど感じていなかったのですが、

「あああああ、ほんとだ」。

初めて感じました。

3時間半かけてすべてが終わったあと、

「あの時どんな気持ちだったの?」と聞くと、

まったくペースを無視され、

子供扱いされることで、ばかにされてると感じていたようでした。

もちろん姪っ子は小学校の1年生、

まだ自立して仕事しているわけでなないけれど、

自立する過程にいる「小さな大人」なんです。

社会学ではいいますよね、

ヨーロッパの産業革命の頃から子供を、「小さな大人」として扱っていたと。

手を貸すことは必要だけど、ちょっとのことで、自分でぐんと伸びる。

子供にはつかんでいく力が、すでにあります。

その尊厳は守られて当然です。

今回、姪が、カメラマンの前で、

みるみる心を閉じていくのを目の当たりにしました。

そして、そのカメラマンが、同じように心を閉じていくのを目の当たりにしました。

どんよりした量れないほどの重い空気。

少し力になれればと、ママと私は頑張ります。

効果あって、たまに心が溶け、にんまり。

シャッターチャンス!

私たちにとっても長い3時間半でした。

私も子供の時、姪みたいなとこ、大いにありました。

扱いにくい子供だろうなと、子供ながらに思ってました。

「ねえね、きもちわかるよ。

おなじくらいのとしのとき、おんなじようなきもちになったよ」。

姪はこくんとうなずいてました。

そして、同時に、カメラメンの気持ちもわかるのです。

自分が受け入れられなかった時、閉じてしまう感覚。

そんな自分に気づき、向き合ってきたからこそ、

今はずいぶん違う状態になったけれど、

以前は間違いなくそうでした。

痛いほどわかります。

また自分は大人で、相手は子供、

自分が子供っぽいんじゃないか、余裕がないんじゃないか、

~おまけにこの場合仕事だし~、

自分が自分を責める気持ちもあるんだろうなと、見ていて感じました。

姪はそんな自分自身との関係性をこれからどう築き、どう深めていくんだろう。

それに私は、どう関わっていくんだろう。

小さなことにも意識的でいよう。

きっと彼女は、自分の力で、しっかりと感じ歩いていきます。

私も枠を作らず、スペースをもってずっと寄り添っていたい、そう思います。

その小さな大人を尊重できるように、

その花がありのままで咲いていられるように。

私が私であるように。

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