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2010.05.13

Peaceはどこに?

さあ、今日は穂高養生園お散歩編、2010春バーションです。

食事の前のお散歩が、また楽しみのひとつ。

養生園のスタッフが、日替わりで、思い思いの場所へ案内してくれます。

少し前にも、例年になく雪が降ったりして寒かったと聞いていましたが、

この日は暖かく、快晴。

気持ちのいい朝です。

さて、初日は・・・

あ~、とにかく、空気がおいしい!

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日本昔ばなしの世界

タッタララ、タッタララ、タララララ、

タッタララ、タッタララ、タララララ

タータッタ、タータッタター。

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カンゾウとさんしょうの実

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今が春の息吹を感じる時

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立ちはだかる岩

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勢いのある川と砂浜?

長い時間をかけて、岩々が転がり、ぶつかりあい砕け、

砂浜の砂のように細かく光る砂。

キラッ、キラ、です。

眩しい。

春の息吹をいっぱいに感じ、

水が豊かで、岩が多いこの地域ならではの散歩を楽しみました。

さてさて、2日めの朝。

今日は山道をがしがし歩く、原生林編となりました。

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左 : おおこわ 足元がちょっとやわらかい。

    へっぴり腰で歩く。

右 : ぐんぐん山を登ると、地面の上に覆いかぶさり、積み重なった落ち葉。

    たっぷりと水分を含み、スニーカーがあっという間に湿っていく。

    帰ったら、簡単な山歩き用の靴を買いに行こうと決意。

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この辺りのご神木?

ここ穂高や、ヴィパサナー瞑想などで、silenceに身を置き、気づくこと。

自分がしゃべらないことだけでなく、耳に届く音をありのままに聞いていること。

さわさわさわ・・・木々のざわめき。

ちろちろちろ・・・あ、小川だ。

チチチチ・・・あ、青い鳥!

いかに、いつも、聞こえてくることを、

本質から離れジャッジしているか。

必要か、必要じゃないかと判断しているか。

理由づけしているか。

こうして、シンプルなことをややこしくしている。

ややこしくしている人への反応も、また、飽きもせずにしたりもする。

ここでは、

聞こえることに身をまかせ、

そこで起きていることをありのままに観る環境が用意されます。

でも、でもです。

それは、心のありようで、いかようにも変化してくることにも気づかされます。

アメリカのクリパルヨガセンターでトレーニングを受けた時、

ディレクターのPritiが、

ベッドサイトにおいてある、「Peace」という詩を紹介してくれたのを思い出しました。

Peace

「それは、

散々のやかましさや、

苦しみ、悲しみ、悩みなどの困難、

ハードワークがないところにあるのではない。

それは、

そんなまっただ中に身をおいてもなお、

あなたのハートが平穏であるということだ」

外から離れ、他者から離れ、

息を殺して、心を閉ざすのでもなく、

魂を凍らせるのでもなく、

諦めることでもない。

自分の、小さな、僅かな、そのやわらかな、

安全だと自分が信じている場所に逃げこむことでもない。

絶え間なく体験していることに心を開き、

自分自身に心を開き、

自分の源とつながり、そこにただいること。

Peaceはどこに?

それは、どんな状況におかれても、

揺るぎなく、わたしたちの内側にしっかりとある。

それでも、私たちは、すぐに忘れたり、勘違いしたり、思い込んだりしてしまう。

ヨガは、その練習をするツール。

自然やsilenceもチャンスをくれる。

練習すること。

何度も、何度も、練習すること。

そのために、今この生を授かったんだ。

人生はトレーニング。

そんなことを感じる、穂高でのひとときでした。

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