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2010.04.14

怒りとの出会い

ここ最近、

2回ほど、強い怒りを感じたことがありました。

「ちょっと、神経通ってる?」と、口をつくほどの怒り。

今までの私は、

「怒り」とコンタクトを取ることが、あまりありませんでした。

「ああ、あの時、ものすごく怒ったなあ」と、

思い出すことが過去にひとつありますが、

当時は、突然現れたその怒りの感情とうまく付き合えなくて、

相当、戸惑い、慌てふためいたことを記憶しています。

もともと、怒りの感情が多い方ではないのは事実。

どちらかというと、ひとつの同じ事柄から、

怒りではなく、悲しみがクローズアップされる方です。

それが今回、なんと、怒りに!

かああああああと体の中が熱くなりました。

「一般的にはこれはどうなの?」

「どこまでが現実的対応なの?」

仕事のことだったので、上に確認、相談する間も、

「うわああ、私、怒ってる!すっごい、怒ってる!」と、

最近出会ったばかりの、「MS.怒り」を実感。

しばらく、体の中にいた怒りは、そのうち自然と納まっていきました。

どう対応したいのか、どうしたいのかが、見えてきたからです。

私が必要とする、現実的対応がありました。

そうこうしていると、

「MS.怒り」は姿を変え、「MS.悲しみ」にバトンタッチ。

感情は入り組み連鎖し、私たちの心と体を支配しようとします。

それをなんだかナイスにごまかそうとせずに、

適当にスルーすることなく、

また、逃げてしまうこともなく、

しばらく一緒にいることにします。

完全に支配させることなく、それをそのまま、客観的に観察し、

今ここで、起きていることを体験しました。

・・・すると、

ふと、私が、だたこうして存在することに、

たくさんの人が関わっていることに気づきました。

その気づきは悲しみを必要としなくなり、

さらに、心の奥深くがじんわりと温かくなり、

最後には、自分をencourageする気持ちに変化していきました。

変化していく。

ごまかしたり逃げたりぜずに、起きていることをしっかり体験した後、

transformationが訪れます。

変化していくことが不安だったり、恐怖だったりして、辛いことにさえしがみつく。

でも、私たちは怒りや悲しみに翻弄され続ける必要はない。

そこで、自分の人生のオーナーは自分自身だということを、再確認する。

すべては変化していく。

アニッチャ、アニッチャ、アニッチャ。

先日、ロータスのクラスの後、

よくいらしてくださるHさんと話をしていました。

「僕たちは、いろんな思いを、感情を経験するために生きているんですから」。

ほんと、そうです。

理想や、成功、幸せ、素敵なこと、などばかりがあるのではなく、

恐れや不安、戸惑い、失敗、嫌悪感、挫折、

すべてを体験するために、私たちは生を受けているんです。

どうやって、こうしたさまざまなうごめく感情や思いと付き合っていくか、

今ここで、それを学ばせてもらっているんです。

必要なければ、菩薩です。

いいことばかりでないのが、リアルな人生。

豊かな人生。

開いた心とユーモアとともに、

しっかり、この生を生きようと思います。

自分の可能性を信じて。

25

「変転する荒波のだた中で、開いた心とユーモアとともに生きる優雅さを。

私たちの人生を照らし出し、真実に導いてくれる自覚的なあり方を。

生きとし生けるものの苦痛を抱きとめるだけの慈悲を

見出すことができますように。」

~『やさしいヴィパッサナー瞑想入門』より~

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