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2009.04.03

春の散歩で感じること

私は散歩が大好きです。

日本の夏の散歩は、朝と夕方から夜がいいけれど、

それ以外では、年中、どんな時間でも楽しんでいます。

といっても、普段はまとまった時間がないので、

ほんの隙間の時間、家から駅、駅からスタジオなどの短い道のりを楽しみます。

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春は新しいことが始まる大好きな季節、

散歩していても、たくさんの花々に出会い、心躍ります。

「は~、幸せちゃんだなあ」

少し充電しつつ、集中プログラムや、ワークショップの準備をしています。

ティームティーチングは、他のティーチャーとのやりとりがあります。

当然、それぞれのおかれている状況が異なるので、かなり勉強になります。

ちょっとしたやりとりの中でも、

相手が何を考えているかが見えてくることもあります。

そこでやりとりをやめることはできないので(当たり前ね、はは)、

辛抱強く見ていきます。

でも辛抱強くない人だっています。

コミットできない人だっています。

でも、誰にだってコミットできない時はあります。

そして、それにただ気づいているのと、そこから一歩踏み出すのは、やはり雲泥の差があります。

他者や状況とコミットできないと見みられがちですが、

よおおく見れば気づきます。

つまりは、自分とコミットできていないんです。

コミットする勇気がもてないんです。

自分とコミットしたら、(もしかしたらずっと)ごまかしていたことを認めなくちゃいけないことにも気づきます。

たとえそこをうまくやり過ごしても(逃げても)、

その後、やりとりする相手が変わり、

状況は変わっても、

きっと同じことを繰り返すでしょう。

自分を見つめ、

一歩踏み出す勇気をもたなければ、

ハラをくくらなければ、

ずうううと、その穴の中に閉じこもっていることに変わりはありません。

これはヨガでなくても、生活、仕事、家庭、恋愛、なんにでも当てはまります。

一見、華やかに見えそうなとこにいる人も、

それなりのポジションにある人も、

そんなことってたくさんありますよね。

難しいですよね。

怖いですよね。

そうしたら、そこから離れないことです。

ハラをくくるまで、自分の中で起こっていることをみていくことです。

誰のせいにもしないで、ごまかさずに、自分がすべて作り出していることなんだと。

自分にうんざりしても、

自分をあきらめずに、慈しみをもって寄り添います。

例えやりとりする相手が、コミットする勇気がなくてもです。

気づいているだけでなく、そこからハラをくくり一歩踏み出すのは、自分自身でしかありません。誰も本人の代わりにハラをくくってはくれないのです。

私は思います。

これは、自分の中心となる軸の部分です。

きっと私は、もともと迷いの少ないタイプです。

でも、時には、恐れや不安で押しつぶされそうになります。

心が砕けそうになります。

そんな時は、自分とコミットできていないんですね。

コミットすることは、ものすごいパワーが必要です。

しかし、勇気を持って一歩踏み出した時、

自分の力以上のものが、最高のギフトが、やってきます。

私が一歩踏み出したことが、人の心にも響くからかもしれません。

そのすべてが、私の人生の礎となり、さらに力強く歩んでいくパワーになります。

さらに一歩踏み出すことが、失敗も受け入れられるようになります。

だって、自分がついているんですから!

自分がここに寄り添っているんですから!

自分とコミットすること。

これがあるからこそ、豊かな人生をcreateできる。

春の散歩が私にくれたギフトです。

自分はどおしたいのか?

プラーナ、智慧は何を求めているのか?

あなたは、どちらを選びますか?

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