カテゴリー「感じる日々の記憶」の481件の投稿

2018.10.07

夏のような10月に

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ただ今、10月の3連休真っ只中、

土日は夏のようで、

暑いのが苦手な私に、ただただしんどい2日間だった。

ホントの夏と違うのは

夕方になると、うんと涼しくなって、

外のエネルギーが落ち着いてくること。

本当に助かる!ありがとー!

って、空を見上げて叫んじゃうくらい。

今年の夏はとても暑く、

父が少し体調を崩し心配だったけれど

ようやく調子も上向きで、ほっとする。

そんな時に、

毎週末、妹が父の様子を見に来てくれる。

時に受験生の姪っ子を連れて。

心から、感謝の気持ちがわいてくる。

それは

それぞれにとって

いろんな人が関わって自分が存在している、

存在してきたことを確認する瞬間でもある。

ピンチはチャンスに。

家族の関係性がずっとずっと近くなる。

「近くなるには、自立が必要」

・・・と私と妹がそう話していることを両親は知らないだろうなあ。

自立は冷たいことじゃない。

自立してるからこそ近くなれる。

私たちは、いつもそう信じている。

本当の優しさとは何なのか。

強く、優しく、ありたいと思う。

つまり、幸せでいてほしいのだ。

父、母、それぞれの幸せでいてほしいのだ。

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2018.10.06

「”世界はほしいモノであふれている”」 が好き!

みなさんは、

NHKの番組の「世界はほしいモノであふれている」 を知ってますか?

私は9月になってから知ったのですが、

最高に心ときめく番組なのです!

そもそも私が

モノ好き、

作家(職人)好き、

それを追い求める人が好き、

それを楽しみ、大切にする人が好き、

だからなのでしょう。

それが全部詰まっているのですから~!

きゃ~です。

まだ見ぬ世界中のファッション、グルメ、インテリア、雑貨などなどをターゲットに、

日本のバイヤーさんたちがガンガンと世界を歩いていきます。

私はフランス雑貨が好きで、昔バイヤーになりたかったこともありました。

※ちなみに妹は洋服のバイヤーをやってました。

だから今もなお、

旅先で出会うモノたちに、人一倍、心躍るのです。

モノはだたのモノではなく、

そこには、小さくも、熱く、愛おしい、それぞれ物語があり、

私はそこに価値がある。そこがおもしろい。そこが知りたいと思うのです。

すなわち、

作り手(バイヤーでもあり、受け手~MCのふたり、私たち視聴者~)、

その人自身が知りたい、何を大切にしていて、なぜ続けているのかを知りたい。

私もそうやって生きているひとりなので

この番組に、共感や励まし、癒しさえも感じています。

過去のものもネットであがってますが、

北欧のビンテージの回はうれし涙が・・・💛

ああ、熱く語ってしまった。

MCは俳優の三浦春馬さんと歌手のJUJUさん。

おふたりが等身大で楽しむ姿が、番組をさらに意味のあるものにしてくれています。

ご興味ある方はぜひご覧くださいませ。

NHK総合 毎週木曜 夜22:45-。

お見逃しなく~!

NHKさんって興味深い番組がいっぱいあって、ホント、感心しきりです。

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2018.09.17

休日と人生の先輩

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久々に横浜元町に。

「Lent」は人が並んでいたので、もうひとつのお気に入りカフェに。

おっきな白いお皿に、あったかいチェリーパイ。

生クリームとアイスクリームがたっぷりついて、

うわあ、多いかもと思ったのも一瞬、ペロリと平らげてしまった。

はは。

それと。

「Lemt」さんに入れなかったため、来た道を戻り、

ショーウィンドーに気になったリングがあったアクセサリー屋さんで、

いい買い物も♪

実は、去年から、イヤリングデビューをして、

いいですね、耳元にあるおしゃれって。

楽しい。

数少ないお気に入りのイヤリングを、とても大切につける日々。

思いがけなく購入したリングとも合いそう。

あ、誕生日に友人にプレゼントしてもらった、ビーズのブレスレットととも!

そういえば、

数週間前に電車の中で、

50代半ばくらいの素敵な女性が目の前に現れた時のこと。

ナチュラルなワンピースに、

シックなリングと個性的なリングをいくつかバランスよくされていて、

わああ、素敵と心で叫ぶ。

ああいう大人になりたい。

年を重ねることを、楽しみに思わせてくれる人生の先輩。

先日、亡くなられた樹木希林さんも、おしゃれだったなあ。

そして、

人生は限りがあること、

それを潔く受け止めるあり方に、いつも、感銘を受けていた。

今置かれている場に、ここにいる自分を楽しもう。

樹木希林さん、

心からご冥福をお祈りします。

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2018.09.13

ヨガの響き

久々にスタジオに行ってヨガの練習をした。

ヨガの楽しさ、辛抱強くあること、でも余分な力を手放すことに

集中力が増していく。

あまり動いてない時こそ、ヨガは響く。

まず体にダイレクトに伝わり、

気づくと心に沁みている。

頑張った。

チャレンジしたけど、無理はしなかった。

いいとこを探りながら見極めた。

すべてが終わると、今がよく見えてくる。

昨日でも明日でもない、今。

Sample



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2018.08.16

特別展「縄文展」

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特別展「縄文展」

東京国立博物館で開催中の「縄文展」。

日本の縄文の美は、世界でも大変な注目を集めているそうです。

いつ行こっか、いつにしようと、

楽しみに、楽しみにしていました。

私は子どもの頃から、

マンモスと縄文、あとは北京原人とかに弱いのです。

展覧会などがあることを知ると、

公共の場でも

「はっ!」と喜びの声をあげてしまうくらい。

ザワザワします。

私にとっては、なんというのか、「ロマン」を感じるのです。

今日友達に、

「なんでマンモスとか縄文とかに、゛特に″ロマンを感じるの?」と聞かれ、

確かに。

古のものにロマンを感じるのならば、

他にも対象になるものはあり、十分ロマンは感じるはず。

うーん・・・じゃあ、なんでなんだろ。

考えてみると、

私にとっては、

「より、原始的な」というのが、関係しているようです。

もう少し言葉を付け加えるとしたら、

なんとなく、クールじゃない、感じとでもいうか。

マンモスは恐竜みたいにカッコよくはなく、

縄文時代は、

後の時代と比較すると、より牧歌的で、あったかい感じというか・・・。

とても漠然としていますが、

この辺りが、私がハートをわしづかみにされるポイントのようです。

もっと言えば、理屈なんてないんです!

小学校と時から、変わらず、私の中にあるのですから!

ただ、事実として、

大人になってからは、

死者の魂の鎮静と復活を祈り、

土偶を作り、花を供えた跡が化石からわかることに、

とても「じん」とします。

何回聞いても、やはり「じん」とします。

今も同じようにその思いは引き継がれ、例え復活は祈らずとも、

同じように、人の営みがあることに、私は心から感動しているのです。

実際、この「縄文展」、膨大な数の展示物があり、圧巻でした。

テレビでも特番が組まれ紹介されている

国宝や重要文化財の土器や土偶はもちろん、

1センチほどの小さな土偶、

腕をストレッチしているようなポーズの土偶、

土器のふちに顔があったり(コップのフチ子さんみたい!)、

ポップな表情や、

力が抜けるようなほのぼのした表情が土器についていたり、

「えっ?これ、いたずらか何かなの?」

と思わせるようなものまであり、

わくわくさせられながら、見ごたえ満点です。

お腹がすいたまま行くと、きっと、途中で倒れます。

気をつけてください。

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特に印象に残ったのは、

シンプルシックな深鉢形土器。

美しかった。

目が離せなくなるほど美しかった。

毎日穴が開くほど愛でたいと感じた土器が、

ひとつ、いや、ふたつほどありました。

あと、てぬぐいがめちゃくちゃかわいく、

3種類購入したくらいです。

特別展「縄文展」は9月2日まで。

心あたたまる私たち日本人の祖先の美を、

ぜひ堪能あれ!

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2018.08.14

雲の姿 空の色

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一刻一刻と、姿を変える雲、空の色。

ホント、生き物みたいだ・・・と、

日々、果てしなく広がる空を見上げる。

元気だろうと、

そうじゃなかろうと、

ニュートラルでスッキリしていても、

手放せない何かが頭の中をグルグルと巡っていたとしても、

変わりなく、雲も、空も、姿を変えていく。

変化し続けていることを確認することは、

無情でもあるけれど、

ほっとする気持ちの方がずっと大きい。

大丈夫だ。

今起きていることはずっと続かないのだから。

それでも、今こうして生きていることを感じるのだから。

楽しいことや喜ばしい時にはずっと続いてほしいけれど、

変化することは自然なことだから。

雲の姿も、空の色も。

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2018.08.05

『モネ それからの100年』 心にある光

お墓参りの帰り、

横浜美術館で開催中の『モネ それからの100年』に行ってきた。

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光の質感、輝きにうっとり。

モネだけでなく、テーマに沿った多くの作家の作品が展示されている。

実は私は、

写真家の鈴木理策さんの、大きく展示された作品を観たくてやってきた。

動画作品もあって、存分に楽しむ。

桜、水面と場面は変わる。

ファインダー越しに、

遠くに焦点を合わせたところから、徐々に近くの被写体へ焦点を移動する。

カメラをのぞき、どこの光をとらえようかなと行う、幸せな時間。

この時間が私は大好きなのだ。

どこに身を置いても、心にある光に気づいていることができますように。

そう思う。

まだまだ暑い日が続くようです。

みなさま、どうぞ、いい夏を。

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2018.08.04

お墓参りがあるでしょ。

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今年の夏は暑さが、とりわけ厳しい。

梅雨明けが6月29日と、例年より1か月近く早く、

それからというもの夏スイッチが入ったかのように、

日本中は熱波が吹き続けている。

でも、お盆前にお墓参りがあるでしょ。

大人になってから私は、

忙しさにかまけてあまり行ってなくて、足を運ぶようになったのはここ数年。

この酷暑、炎天下で、

両親がお墓の掃除する姿を想像すると ・・・ いやいやいやいや、それはない。

お墓は茅ヶ崎にあって、

車を運転しないように娘たちに厳しくいわれているため、

公共の交通機関を使うとなると ・・・ やっぱり大変だな。

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ということで、行ってきました。

午前中でも35℃に迫るギラッギラッの太陽の下、

「こんにちはー。あっついね。えりこです。

きれいにお掃除するからねー」とお墓に話しかけ、

流れる汗とともに掃除をし、

お塔婆を置き、

お花を飾り、

お線香に火をつけ、

やっと、

手を合わせる。

「ふう」                    

あつっ。

やっぱり、私が来てよかったようだ。ははは。

霊園の方にご挨拶をすると、

休憩所があるので休んでいってくださいとのこと。

今まで知らなかったけれど、

清潔で整理された広いお部屋があり、

壁いっぱいの窓からは緑が美しく、エアコンもしっかり効いてほっとする。

お茶やお菓子も置いてあり、至れり尽くせり。

そっか、今までは、サクッと車で帰ってたから気がつかなかったんだ。

お言葉に甘え、水分補給、ほっとひと息。ちょっと読書。

夏に来る時は、

着替持参でここで着替えようと心に決める。

お墓参りを終えると、いつも気持ちが晴れやかだ。

ご先祖様に「おかげさまで元気にしています」と報告し、

手を合わせ、今に感謝する。

お墓に来なくても、どこにいても、同じように感謝している。

にもかかわらず、特にそう感じるのは、

自分が労力をかけたことでやった感があるからなのか。

生きてる人間の勝手さが、ちょっと笑えてくるお墓参りの時間。

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2018.07.29

深い雪色の静かな森で

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20代の頃、

1年だけ、カナダのバンフという小さな街に住んでいた。

上の写真は、

当時プリントした写真をiPhoneでパチリと撮ったもの。

住んでいた家から歩いてすぐの川。

画像がかなり悪くなってしまうけど、雰囲気は伝わるだろうか。

冬は常に雪のある景色だ。

最近よく、

大自然の中過ごした、あの頃を思い出す。

思い出すのは大抵、雪の景色だ。

1月、2月の深い雪色の静かな森。

足跡が残っていない、街から少し離れた雪道を、

完全装備、何かあった時のためにリュックに食料を入れてよく散歩した。

上も下も右も左もない、真っ白な、銀世界。

このまま消えてしまったら・・・と思う怖さと

そんなこともあるだろうなとすんなりと受け入れる気持ち。

まるで雪が手のひらの体温で姿を変えるごとく、

とても自然に感じていた。

ある日、

吹雪いてきたことだし、そろそろ引き返そうと

歩いて来た道を戻り始める。

しばらくすると、

少し離れた森の中にいるオジロジカに遭遇した。

数秒の沈黙。

お互い目を合わせ、瞬きもしない時。

視線がはずれたその瞬間、

オジロジカはピョンピョンと予想できない方向に飛び跳ね、

消えてしまった。

目でその姿を追えないくらいの速さで、あっという間に。

そこに残されるのは雪が降りしきる音のみ。

感覚がなくなるほどの寒さなのに、心は解放され広がっていく。

私は確かにそこにいた。

カナダの夏が終わると短い秋が過ぎ、寒く美しい、あの冬がやってくる。

そこではきっと、

あの頃と同じように、

雪が降り、オジロジカがピョンピョンと跳ねている。

「しん」とした音がする吹雪の中、

オジロジカと遭遇した時を思い出すと、

なんともいえない豊かな気持ちになる。

たとえ、今、大自然から遠く離れた場に身を置き生活をしていたとしても。

こことあの場はつながってるいるのだ。

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2018.07.12

空の祈り

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日暮れの空が、息を飲むほど美しい。

一瞬一瞬変化していく空の色。雲の形。頬をなでる風。

心を奪われ、「うわあああ」と、何度も何度も見上げてしまう。

記録的な豪雨により、

全容を把握できないほどの被害が広がる西日本地域。

ニュースをつければ目に飛び込んでくる被害者の方の表情に、言葉に、

悲しみが込み上げてくる。

どんなにやるせない気持ちを抱えているのだろう。

どんなに不安なことだろう。

どこで起こってもおかしくない自然災害だった。

ぜんぜん他人事じゃない。

そんな状況でも、

この時期の空は、変わらずに美しい。

変化し続けていくのが世の常なのだから、今の状態も変わっていく。

「顔を上げて。空を見上げて」と、

空が祈りを込めているのか。

一日でも早い穏やかな生活が、

なんでもない、そしてかけがえのない平凡な日々が戻ってきますように。

一人ひとりの尊厳が守られますように。

どうか、どうか、気を落とされずに。

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